グラマン鉄工所

飛行機のはなし

 アメリカ海軍の艦上戦闘機を製造していた航空機メーカーにグラマン社がある。最後に製造したのが最初の「トップ・ガン」でマーヴェリックが乗っていた双発、複座、可変翼を持つF-14 トムキャットである。また太平洋戦争で日本が徹底的にやられたのが F4Fから始まるグラマンの艦上戦闘機シリーズであった。

ゼロ戦の好敵手 グラマンF4F ワイルドキャット

グラマンF4F(ワイルドキャット)は太平洋戦争の開始から常に日本のゼロ戦と死闘を繰り広げ、珊瑚海海戦、ミッドウエーの海戦でも米海軍の主力戦闘機であった。1200馬力のエンジンを搭載したF4Fは頑丈な機体、操縦室の防弾、燃料タンクの自動漏洩システム等を備えて、航空母艦に酷い着艦をして脚や機体は壊れても乗員は助かることが多かった。

 一方、全く反対の思想で造られたのが日本海軍の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)である。1000馬力級のエンジンで究極の運動性能と航続距離を得るために、操縦室の防弾や燃料タンクの漏洩防止装置は省略されていた。太平洋戦争の初期には十分に訓練を受け、技量に優れ、実戦経験が豊富なパイロットが操縦するゼロ戦にF4Fは格闘戦では歯が立たなかった。

日本海軍の主力 零式艦上戦闘機

1942年7月、アリューシャンのアクタンで不時着したゼロ戦が完全な形で米軍に捕獲された。完全に復元されたゼロ戦は米軍によってテスト飛行が行われ、その弱点が明らかになった。ゼロ戦は急降下による速度増加に機体強度が不足していた。「ゼロ戦に後ろを付かれたら急降下して逃げろ」重くて頑丈なF4Fは急降下をして逃げた。

 こうしてゼロ戦とF4Fとが、ほぼ互角の戦いをするようになった頃、アメリカはすでにF4Fの後継機を完成させていた。グラマンF6Fヘルキャットである。2000馬力級のエンジンを搭載し、頑丈で防弾性に優れ、馬力に物を言わせた飛行性能や火力(武器)洗練された操縦性はすべてゼロ戦を凌駕していた。

ゼロ戦の天敵 グラマンF6F ヘルキャット

 こうして日本の海軍航空戦力は、アメリカに対抗する力を失っていった。日本のエースパイロット坂井三郎は「ゼロ戦がF6Fヘルキャットから逃げられるのは、アメリカ軍のパイロットが経験不足の時だけだ」と言っている。

 F4FワイルドキャットやF6Fヘルキャットを作ったグラマン社はその頑丈な造りから「グラマン鉄工所」と愛称で呼ばれていた。

タイトルとURLをコピーしました