2023年6月18日、110年前に北大西洋で氷山と衝突して沈没したタイタニック号の見学ツアー中の米オーシャン・ゲート社の潜水艇タイタンが消息を絶った。米沿岸警備隊の幹部は22日の記者会見で潜水艇が水圧で押しつぶされ、乗員5名全員が死亡したと発表、また米海軍はタイタンが消息を絶った直後に、周辺海域で爆発音のような音を探知していたと発表した。
その後のニュースでは、潜水艇は過去に専門家や元従業員から安全面の懸念を指摘されていたと報じている。欧米や日本の研究機関が保有する深海探査機は十分な整備が施され十分な安全性が確保されているが、観光目的で営利を求める企業の潜水艇では安全の確保は十分では無かったようである。
通常、深海で活動する潜水艇はチタンで作られており深海での強烈な破砕圧力に耐えるように造られている。またチタンは弾性があり、繰り返される圧力変化にもひずみが残らないように設計されている。しかしタイタン号の圧力容器はチタンと複合炭素繊維の組み合わせで造られていた。炭素繊維複合材は遥かに硬くチタンのような弾性力はない。
(私はこの分野の専門家ではないので、ここからはサイエンス・ニュースTEXALの記事の抜粋である)
「しかし、ほぼ確実に言えることは、これらの材料の違いによって、何らかの完全性の喪失があっただろうということだ。複合材料は補強材の層が分離する『層間剥離』を起こす可能性がある。
これにより欠陥が生じ、水中圧力によって瞬時に内破したのだろう。1秒も経たないうちに,3800メートルの水柱の重さに押された船は、四方から崩れ落ちたであろう。
すべてが完璧に設計され、製造され、テストされると、あらゆる方向から加えられる全体的な圧力に耐えることができる、完璧に近い形状が出来上がる。シナリオでは、材料は『呼吸』することができる。タイタンの爆縮は、これが起こっていなかったことを意味する。
爆縮そのものは,20ミリ秒(1/50秒)以内に全員を死に至らしめただろう。実際、人間の脳はこのスピードで情報を処理する事さえできない。このニュースは衝撃的だが、タイタンの乗客が恐ろしく長引く最後を迎えることはなかったであろうことは、いくらか心強いことかもしれない」
ところで私の属していた航空界でも、このタイタン号の遭難に似た事件が過去にあった。
1954年1月10日、世界最初のジェット旅客機コメットBOAC781便は地中海エルバ島近くの高度約8000メートルに達した所で空中分解事故を起こし、搭乗者35名全員が死亡したのだ。
海底から引き揚げられた機体を調査した結果、自動方向探知機のアンテナ窓に疲労破壊の起点が発見され与圧の繰り返しによる疲労破壊と言う原因が解明された。メーカーであるデハビラント社は海中から機体の残骸を引き上げ、疲労破壊を起こしやすい箇所の補強を行い、英国の航空安全委員会は耐空証明を再発行した。
しかし運航再開から、わずか2週間ほどのち1954年4月8日、ナポリ南東の地中海上空、高度35,000フィート(10,700メートル)で南アフリカ航空(BOACのリース機材)201便が再び空中分解事故を起こしたのである。
「犠牲者の検死(Wikipedia)2つの事故とも、犠牲者の遺体はいずれも激しく損傷していたが、爆発物が機内で炸裂した場合にうけるであろう金属片は検出されなかった。そのため、事故当初一部で唱えられていた航空テロの可能性は否定された。
次に犠牲者の遺体には肺気腫や肺の出血と血栓があるほか、頭蓋骨に損傷がないのに鼓膜が破れていた。これらの症状は、急減圧に見舞われた人体特有のものであった。そのため、搭乗者は客室の与圧が突如失われる事態に遭遇したことに相違ないと断定された」
これら2件の事故から原因調査が徹底的になされ、コメットのように、高度の昇降に伴う機体全体への与圧と減圧が毎日のように反復される旅客機には、設計者の想定以上に金属材料へ応力がかかっていて、結果として設計強度が不足していたことが判明したのだ。コメットの耐空証明は再度取り消され飛行禁止となった。
しかし、こうした事故による経験がジェット旅客機の安全性の向上に大きく貢献したことは間違いない。
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